スリランカ紀行

スリランカから帰ってきた。
たった5日間の滞在だけど、スリランカの様々な側面を見ることができた。

<コロンボ>

まずはコロンボにて、経済産業省の高官、現地財閥企業のトップ、仏教のお坊さんを束ねる官長などと面会し、官・民・宗教の面からスリランカの概要を学ぶ。

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次に、コロンボ市内のトップクラスの男子校を訪問。










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5S(seiri, seiton, seiso, seiketsu, shitsuke)が教室の壁にかかっている。
実践もされていて、子供たちは皆、きちんとしている。
現地のコーディネーターいわく、「スリランカ人は、日本を模範にしてきたから、
日本企業には現地人を管理しやすいはず」








f0053855_13461024.jpgスリランカでは、義務教育が行き届いていて、識字率が90%以上と高い。
子供たちは、もちろん字は書けるが、学校で見せてもらったノートには
たくさんの絵が描かれているのが印象的だった。
この絵は、スリランカの子供の1日を描かれている。
絵が上手だし、スリランカの風習がひと目でわかる。


f0053855_1347885.jpg真ん中の子供がその絵の作者










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次に訪れたコロンボの郊外にある学校は、校舎がおんぼろで、今にも崩れ落ちそう。
雨がふる日は、傘をさして授業を受けるとか。
でも子供たちは、笑顔で暖かく迎えてくれた。






<ハンバントタ>

f0053855_1349016.jpgスリランカ南部の町、ハンバントタは、5年前の津波で壊滅しかけた。
PFCが支援するJENは、復興を支援。
津波の前は、皆、漁師だったが、もう海はこりごりということで、
生き延びた人たちは農家に転向。(農家といっても家庭栽培程度)


f0053855_13505310.jpgJENは、庭を畑にするのを支援した。
出会った人たちは、今でこそ、穏やかに暮らしているが、津波では家族を
何人も失ったとのこと。
当時は日本の新聞が取材に来たのだと、新聞記事を見せてくれた。



<バティカロア>


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JENのバティカロア事務所のスタッフの皆さん。
東部の町バティカロアは、内戦が激しかった町で、昨年ようやく内戦が終わって
帰還してきた難民の生活再建をJENは支援している。





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栽培や井戸掘りの指導などをしているのだが、
住民の自立を重視するJENは、なるべく住民たちが主体的にやるように
ファシリテーター的立場をとる。
つまり、PFCのコンサル手法と同じだ。
これは、JENがファシリテートするワークショップで、
住民たちが、村のビジョンを絵にしたもの。










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今までは左のような家だったのが、各国の支援により右のような家に移り住む
ようになっている


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JENの指導により、庭に肥え溜めを作り、家庭栽培をしているおばあさん。
バティカロアの人々は、長年の戦争と貧困の影響で、表情もこわばりがちなのだが、
このおばあさんだけは、底抜けに明るくて、めちゃくちゃフレンドリー。この肥溜めを耕す作業も、わざわざ私たちにやってみせてくれた。

ところで、村の女性ばかりが写真に出てくるが、「お父さんは?」と聞くと、
「どっかでプラプラしている」とか「他の女のところに行ってしまった」といった答えが返ってきた。
お父さんたち、どうなってんだよーー!!(怒)
やはりマイクロファイナンスは、女性向けに限る。

<ポロンナルワ>

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スリランカの島の中心部は、遺跡の宝庫で世界遺産も幾つかある。
したがってこの地域は観光でかなり潤っている。
CICという企業がやっている大農園を見学。
数多くの種類作物が整然と並び、バイオテクノロジーの研究施設もある。
バティカロアとの格差を目当たりにした。



多くの人にこのような体験をしてもらえるプログラム近日公開予定!
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by peoplefocus | 2010-03-28 13:58
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